倖せになりたい。 黒田
その日が近付くと浮かれたように街やショップはピンクか赤一色になる。
それと一緒に甘い香りがする。
その日が何の日か、なんて生まれた時から周りには男子が多く
そして、真田家は何百年も継がれている古い家だから
知らなかった、なんて通用するかもしれない。
「佐助ぇ〜!今日は女子に沢山菓子を貰ったぞ!」
朝持たせた弁当箱が狭そうに色とりどりのラッピングを施された物が鞄に詰まっていて
帰宅した彼が嬉しそうに開けて見せびらかせていた。
教科書はどうしたの、という言葉を飲み込んで鞄の中を良く見る。
数はかなりあり、幸村が結構モテるという事が伺えた。
その中に何枚も紙が混じっていた。
可愛い封筒に中の文章が何て書いてあるのか見え透いていた。
あぁ、これはこれは…。
「………大変だ。」
彼は純粋に、菓子が貰えて嬉しい、だけで
彼女達の気持ちだったり今日という日がどんな日か知らないのだ。
まぁ、教えた事もなかったし。
「幸、いるか?」
呼び鈴も鳴らさずに入るのはいつもの事で。
いつもは別に急に入られても疚しい事なんて無いから平気だったけど
流石に今日は拙いと思った。
「あ、政宗さん!
幸村は、ここにいます!」
彼女の声が聞こえて嬉しそうに振り返る幸村。
両手に抱えた鞄は中身が見えたまま。
旦那、拙いからその鞄はしまって。
その言葉は声にならなくて、彼女、政宗は部屋に入って来てしまった。
珍しく黒いスカートを穿いてその綺麗な脚が見えていて
機嫌が良さそうな穏やかな表情で、美しさが増している。
「政宗さん、今日も一段とお美しい。」
「幸村、今日…」
穏やかな表情が一瞬曇る。
その一瞬を佐助は見逃さなかったが(元から何か起こると思ってたし)
幸村は見逃してしまっただろう。
目線を彼の手元から離して、顔に戻した。
「…Oh、良かったなぁ、こんなに沢山。」
猫っ毛の幸村の髪を優しく撫でて、ゆっくり笑う。
すると、幸村は褒められたかのように嬉しそうに笑い返した。
そんな表情、させちゃって。
「お姫さん、もうそろそろ晩御飯なんだけど、食べて行かない?」
言葉に詰まる政宗に助け舟と逃げ道を作ってやった。
断って、この場から逃がしてやる為に。
「……いや、いい。
今日は、これから出掛けるから。」
「あぁ、そう?残念、じゃあ、また今度。」
「じゃあ、また。」
「えぇっ!もう帰るのですか?!
さっきの、今日の続きは何だったのでしょうか?」
そんなの決まってる。
今日は、あんたと過ごしたかったんだよ、旦那。
「…………忘れた。
次までに思い出しておく、じゃあ突然来て悪かった。」
「はい…、じゃあ、また。」
幸村が名残惜しい視線を向けながら、玄関まで送り
彼女はさっき来たばかりであろう道を再び通って帰って行った。
「……話の続きは何だったのだろうか…?」
首を傾げながら部屋に戻って来て、テーブルの上に置いた鞄から菓子の一つを取る。
菓子と一緒に紙が一つ落ちた。
紙は佐助の足元まで落ちて、拾い上げられる。
「ん?この紙は?」
「さぁねぇ?
”恋文”ってヤツなんじゃないのかな?」
「こっ……!?」
一瞬にして顔が真っ赤になる。
そんな所が純粋で良い時もあれば、悪い時もある。
悪い時、とはまさに今の状態だった。
「ど、どうして?まさか、この菓子は全部……!?」
「そういう気持ちの物もあるだろうし、義理の物もあるかもしれないし。
今日はね、そういう日なの、旦那。
オンナノコから、男に菓子をあげる日。」
それに贈り物と一緒に愛の告白、とかね
と話すと幸村は、じっと菓子を見つめた。
「これを食べたら、それに応える事になるのだろうか…。」
嬉しそうに貰ってたら、そりゃあもう、その時点で応えた事に軽くなっちゃってるけど。
とまた心で思いながらも、溜息を吐いた。
「それは本人の思い方次第じゃないの?」
「……俺には政宗さんがいるから…彼女達の気持ちには応えられない
やっぱり、明日返」
「返すとか言わない。」
「でも、」
「一生懸命作った物を一度受け取ったのに、次の日に返されたら嫌でしょ?」
はっと気付いて俯く。
彼は、人の気持ちをちゃんと理解出来るから。
「………知らなかったとはいえ、失礼な事をしてしまった…。」
今更事態に気付いた幸村はさっきの佐助と同じような溜息を吐いた。
「ちゃんと食べてあげなよ。
食べ物には罪はないし、彼女達の気持ちも浮かばれないしね。
手紙が付いてるのは、後で返事をするんだよ?」
頷いて、尚菓子をじっと見つめていた。
事態に反省しているのだろう。
「さぁ、旦那。
晩御飯だから菓子はしまって来なさい。」
もう少し反省して貰わないと。
政宗の気持ちに気付いてやれない罰として。
「………政宗さんは…誰かにあげたりするのだろうか…。」
佐助の料理を大人しく待っている幸村はぼんやりと呟いた。
人の気持ちは理解出来るのに、政宗の気持ちだけは中々理解出来ない。
恋愛感情になると全く理解出来ない程、純粋で子供だからだ。
「さぁね。まぁ、日頃お世話になってる人にもあげたりするから
小十郎さんとか綱元さんとかにあげるんじゃないの?」
「……そうか。」
常日頃から、好きだ慕ってると言っては追いかけて
恋愛というものを上手く理解している訳でもないのに。
その純粋さが政宗には良いのだろう、彼女は意外に満更でもない。
今日、綺麗にめかしこんで幸村を迎えに来たのが良い表れだった。
それを、この無邪気な人は、まぁ。
自分の主にまた溜息を吐く。
育て方、間違ったのかねぇ?
いや、この純粋さは嫌いじゃない。
「……うぅ……もやもやする……政宗さんんんんん………。」
テーブルの上に頭を乗せて大きく溜息を吐きながら涙を流してしまいそうになっている。
弓を持った時はあんなに雄雄しいのに、今はなんて女々しい。
そろそろ教えてあげようか。
「旦那。
今日はね、菓子をあげる日だけじゃないのは言ったよね。」
「……こ、告白…だったり、日頃お世話になってる人にあげたり……。」
先程の自分の失態に嫌悪した顔をする。
そうそう、ちゃんと反省したみたい。
「そう。
でもね、それだけじゃなくて、恋人達はどこかに出掛けて夕飯食べたり
一緒に甘い一時を過ごしたり…ね。」
甘い一時…頬を染めて妄想する主の向かいと目の前、その隣に茶碗を置く。
茶碗の数は三つ。
「今日、お姫さんがなんて言おうとしたか、俺は知ってる。」
「な、なな何!?」
沈んだ頭をがばっと上げて佐助を見る。
女々しさが消えて真剣な目に戻っていた。
「今日のお姫さんがどんな格好してたか覚えてる?」
「あぁ、黒いスカートで綺麗な脚が…」
「あ、その先は言わなくていいから。
今日は一段と綺麗になってたよね、それは何でだと思う?」
「……今日は…出掛けると言っていた。」
まさか、政宗さんに恋人が…!?と、顔面蒼白になる。
「旦那、それは違うよ。」
どこまでも鈍感な主に微笑んだ。
「わざわざ、どうしてあのお姫さんがここまで来たと思う?
旦那をデートに誘う為だよ。」
「え…?
で、でも、俺と政宗さんは、こっ恋人同士ではないし、そんな…。」
顔を真っ赤に染めて慌てて否定する。
「……殆ど毎日、あんなに愛の告白しておいて
知らないオンナノコの菓子を一杯貰って嬉しそうに見せる旦那を見て
お姫さんはどう思ったろうね?」
「……っ…!!」
がたがたっ
勢いよく立ち上がった幸村の椅子が倒れて派手な音が響いた。
佐助は驚きもせずに箸や皿を並べていく。
「い、今から政宗さんの家に行ってくる……っ!」
騒々しく玄関に走る彼が
扉を開く前に止めた。
「旦那。
ちゃんと捉まえておいで。
それで、二人で帰って来るんだよ?晩御飯用意して待ってるから。」
「あぁ、佐助、すまない!」
「あ、イカガワシイコトしちゃ駄目だからね?」
「…なっ…!?は、破廉恥な!!!」
真剣な顔がまた真っ赤になる。
何か妄想しちゃって、破廉恥なのはどっちなんだか。
「ほら、行った行った!」
コートとマフラーを押し付けて扉の外へ出してやると
幸村はそれを持って走り出した。
「あーぁー、着てかなきゃー風邪引いちゃうっての。」
まぁ、馬鹿はなんとかってヤツだから大丈夫か。
やれやれ…と今日何度目かの溜息を吐いて扉を閉めた。
***
鏡に映る自分の姿が滑稽だと思った。
いつもは穿かないスカート。
女らしく、幸村の隣に居てもちゃんとそう見えるように、と。
前に隣に並んで歩いていた時、女に声を掛けられた事もあったし(所謂、逆ナンパ)
大きな硝子一面のショーウィンドウに映った自分を見て愕然とした。
伊達家の跡取りだ、と女なのに男らしく育てられたから、体に染み付いているから
仕方ないと言えば仕方ない。
でも、それでは駄目なのだ。
幸村の隣に居るのならば、彼に恥をかかせない女になりたかった。
ただでさえ、片目が醜いのに。
幸村にはきっと、小さくて柔らかく微笑む可憐な女が似合う。
今日、彼に贈り物と一緒に想いを告げた子の中に、きっと居るだろう。
そんな子に出会ったら、自分なんて忘れられてしまう。
こんな思いをすると知ってながら、心を開いてしまった自分の甘さが憎い。
周りの言葉も聞いていた筈なのに、最初は拒んでいた筈なのに。
居心地が良かったから。
惜しみない愛情が嬉しかったから。
「…Ha…情けねぇ……。」
早く着替えてしまおうと、スカートのフックに手を伸ばした時、それは鳴った。
ぴんぽーん
「……What…?」
こんな情けない姿を見られたくも無いから、居留守を決め込むと再び鳴った。
ぴんぽーん
ぴんぽーん
何度か鳴って収まったかと思えば、今度は携帯が鳴る。
振動して鞄から床を這うように出て来た携帯電話を手に取って開くと
真田 幸村
の文字。
「……………。」
今、一番会いたくも話したくもない相手の名前が表示されていた。
そのまま出なければ、諦める。
そう思っていたが、中々しぶとく鳴っているから
いい加減出ようと手を伸ばしたら切れて、そのまま静かになった。
何分、何十分も経ったけれど、それっきり呼び鈴も携帯も静かなままだった。
諦めたんだと思って、一息吐くと途端に不安になった。
何の用事だったのだろうか、
今日の手紙の返事をどうしたら良いか、とか。
「……あいつ、結構無神経だし。」
”良い姉”として教えてやっても良いかもしれない。
もう、”恋愛”じゃなくて。
携帯に手を伸ばして幸村に電話を掛ける。
1コールしただけで彼は電話に出た。
『ま、政宗さん!?』
「…sorry、幸村。
電話、気付かなかった。」
『あ…あの、今どちらに?』
「……ちょっと、出掛けるって言っただろ?」
『そ、そうでした。その、誰かと御一緒だったりとか…?』
「………………あぁ、そうだ。」
彼が息を呑むのが解った。
『……そうでしたか、それでは手短に用件をお話します。』
最初の、いつもの幸村の幼い声では無くて、
流暢な言葉を使う大人の声だった。
『…今日は、大変失礼な事を致しました。
明日には全員に断りの返事を致します故…』
「なァに言ってんだ、お前。」
『え?』
「可愛い子、いたんじゃねぇの?
それを全部フるなんて勿体ない。」
『政宗さん…?』
「解った、お前自信無いんだろう?」
『ま、待ってください』
「俺がどういう風に返事したら良いか教え」
『政宗さん!
俺が好きなのは貴女だけだと言った筈でしょう!?』
「……何を言ってやがる…。
もっと可愛くて良い子が周りにいるだろ、お前に似合いそうな。」
『俺は政宗さんが好きです…。
…例え、今隣に誰が居ようとも…。』
「……幸…。」
耐えに耐えた声が掠れる。
泣きそうな幸村の声に胸が震えていた。
違う、勘違いしてはいけない。
「幸村、…ダメだ。」
『何故ですかっ!?』
熱くなった幸村が声を荒げるのと同時に扉に勢いよく手を突いた。
『がんっ』
「がんっ」
幸村の耳に同時に音が聞こえた。
勿論、政宗にも。
『………?
政宗さん…今、どちらにいらっしゃるのですか?』
「……出掛けてるって…」
『ぴんぽーん』
「ぴんぽーん」
『…こちらにいらっしゃるのですね。』
「…………。」
『……直接…お会いしとうございます……。』
切なく掠れた大人の幸村の声。
会ってしまったら、心が鈍る。
でも。
がちゃん
「………入れよ。」
鍵を開けて、少しだけ扉を開く。
電話から声が重なって聞こえないのは、彼女が先に通話を切ったから。
隙間から彼の腕が見えた。
「……政宗さん。」
声は先程の大人の声だったが、表情は幼く笑った。
それに少し安心して部屋の中へ招き入れた。
まだ彼は幼い。
何故かそれで安心してしまっていた。
自分の滑稽な格好を見られたくなかったから、
ソファに座るとすぐに脚を膝掛けで隠すように覆う。
彼は目の前のソファの横に立って、政宗の了承を待っていたので
指で指して座るように促した。
幸村が座って落ち着き無さそうにした所で本題を切り出した。
「…あのな、幸。
お前が俺を好きだっていうのはloveじゃなくてlikeなんだと思う。」
「違います。」
英語が苦手な彼にもそれは伝わったようで真剣な目で返された。
「じゃあ、言わせて貰うけどなぁ、俺のどこが好きなんだ?」
「貴女の全てです。」
面と向かってここまで正直に言う者もあまりいないだろう。
でも、それだけじゃ伝わらない。
「男と間違えられるくらいなんだぞ?」
「貴女は立派な女性です。」
「女らしくない。」
「外見だけでなく、中身も好いております。」
「家の”跡取り息子”として育てられて、
でもそれも出来なくなって、母にも忌み嫌われている。」
政宗の声が震える。
彼女が人を心の中に入れない理由が漏れる。
「…この醜い顔でもか…?」
膝に置いた手までも震えているのを見て、柔らかく優しく微笑んだ。
「醜くなんてございません。
俺には、貴女の全てが愛しい。」
熨してやる筈だったのに、完全に熨された。
最初から、結果は見えていたけれど。
「…ゆき………。」
「納得、して頂けました?」
優しく甘く、大人の声と表情。
出会った頃の彼には無かった”男”の顔。
頼れる男に、なり始めたのだろう。
幸村の問いに、小さく頷いた。
すると彼は嬉しそうに政宗を抱き締め、引き寄せた。
力も随分ついた。
「政宗さん…もう少し、触れても・・・…?」
口吻けだろうかと身構えても、それは無くて。
本当に、少し力が入って抱き締められているだけ。
そこは、まだ大人じゃない。と少し安心して笑う。
笑った政宗が気になったのか、彼女の顔を伺った幸村の唇に
自分のそれを軽く触れ合わせた。
「…なっ……!!?」
頬を赤く染める彼に優越感を感じて、更に笑う。
負けず嫌いな幸村も仕返しとばかりに不器用にも口吻けた。
それが可愛くて笑うと、まだ笑うかと頬を軽く膨らませた。
「あ、幸村。
実は、チョコレート……俺も作ったんだ。」
「えっ!食べたいです!」
ぱっと幼い仔犬のような表情になったかと思うと低い腹の虫の音が聞こえた。
「…チョコだけじゃあ、お前の腹は満たされねぇなァ。」
恥ずかしそうに腹を押さえる彼の頭を撫でてやる。
さて、どうしようか。
作ってやるには、材料が少なく無いに等しい。(幸村の食事の量は半端ではない)
頭の中で思案すると彼が思い出したように口を開いた。
「佐助が晩御飯を作って待っております。
政宗さんの分も作って。」
流石、幸村の子守役だ。
小十郎といい勝負だな、とまで考えてしまう。
「じゃあ、持って行くか。」
「持って行くのは良いですが…佐助にやるのは嫌です。」
子供っぽくも大人っぽい微妙なバランスの表情で言われて眩暈がした。
「お前の分は特別に作ってあるから。」
「本当ですか?!」
「あぁ。」
喜んできつく抱き締められて、心地よさを感じる。
暗い先が明るくなる気がして。
じゃあ、行きましょう、と手を握られて彼と一緒に立たされる。
膝に頼りなく掛かっていた布が落ちて、政宗の脚が外気に晒された。
「…ちょっと外出てろ。」
「え?支度ならここで待っております。」
「……違う。
…き、着替えるから…。」
視線を外して俯き、脚が少し震える。
「…何故ですか?」
外見だけでも女に、と拘った醜い感情をそのままにするのが嫌だったから。
「こんなに、綺麗なのに…。」
優しく笑って頬を撫でる。
その指までも優しくて、醜い感情なんてどうでもよくなる。
「…お前がそう言うなら、別にいい。」
優しい指に唇を寄せて笑うと、彼も嬉しそうに笑う。
自分はこんなにも簡単に人の言葉に左右されただろうか。
否
きっと、幸村だけ。
「あ、お帰りぃ。
遅かったね、もしかしてイカガワシイコトしちゃった?」
「さ、佐助ぇ!!!!」
優しくて温かい空気がじんわり体に馴染むのを感じて
二人にゆっくりと微笑んだ。
言い訳。
あぁぁ、初めて書いたサナダテがこれでいいのか…?
オチが微妙ですみませ…!
なんていうか、色々とすみませ…!
バレンタインとかおっせぇよ!って感じだし、甘ったるいし…!(土下座)
でも、これからもきっと甘ったるいの書いちゃいます…。
お、お粗末様でございました…!
2006.3.1
(ブラウザバックでお戻り下さい。)