(*「涙の理由。」の続きです。*)







哀。       黒田







朝起きて、いつものように洗面台へ向かう。
瞼が重いからきっと腫れているのだろう。
それでも仕事には向かわなければならないと思うと
溜め息が出る。
「サボれないかな…。」
不謹慎にもそう思ってしまった。






「…あぁ、そういう事だ。」
じゃあ、と言って受話器を置いた。
時計を見上げると、彼がそろそろ来る頃で
小さく溜め息を漏らしてしまった。
いつものように、と。
朝、決めて来たのだから。
深呼吸を一つ吐いた時、扉が開いた。
開けた主は、やはり彼で。
「大佐、おはようございます。」
「あぁ、おはよう。」
いつものように
いつものように、と心掛けて挨拶を交わす。
「大佐。」
彼は、そっと指を出して、ロイの頬の方へ伸ばした。
「…目元、赤いですけど…どうしました?」
「…っ!」
”恋人”としては、何気ない動作だったのだが、
ロイは過剰に反応してしまった。
怯える、という反応を。
「す、すみません、驚かせましたか?」
「あ、あぁ…すまない、突然だったから…。」
俯きがちにそう言って、机に散らばる書類を手にした。



驚いた。
自分がこれ程、傷ついていたなんて。
頭では思っていても
体では、どうしようもない。



「たい…」
「「おはようございます〜。」」
「おはようございます。」
ハボックが何か言いかけた時、
タイミングが良いのか悪いのかいつもの面々が入って来た。
それぞれが席に着いたのを見て、
ハボックも諦めがちに席に着いた。
それを見計らって、ロイは口を開いた。
「突然だが、一週間後に中央に行く事になった。
 期間は、向こうでの仕事が片付き次第。」
「大佐、私はそんな話聞いておりませんが。」
「当然だ。今日の朝決まった事だから。」
そこにいる面々、それとハボックも驚いた顔をしていた。
「私がいない間は、中尉に指揮を取ってもらう。」
「え、じゃぁ、誰が付いて行くんですか?」
「私一人で行く。」
ハボックは目を見開いた。
「心配するな、向こうにはヒューズもいる。
 何より、私は『焔の錬金術師』だぞ?」
「そりゃ、そうっスけど…。」
不満の表情。
それと、またか、の表情。
「…とりあえず、決まったから、という事で全員仕事に就け。」
そんな表情を無視して、仕事を始めるように言った。
皆が作業に取り掛かったのを見て、
自分も書類を手に取り、一枚一枚読んでいく。
突然、目の前が暗くなった。
やはりな、と思いながら顔を上げると
思った通り、ハボックが煙草を咥えながらロイを見下ろしている。
「大佐。」
「何だ。」
「ちょっと、話があるんスけど、場所移動出来ませんか。」
「私は忙しい。今で無ければならないのか?」
「そうっスね、今じゃなきゃダメです。」
「仕事をしたまえ。」
「…。」
黙ったかと思ったら、腕を強く上に持ち上げられた。
「…っ。」
「いいから。」
彼の目が怒りを灯していて、大人しく従う事にした。






連れて来られたのは、ロイの執務室。
無理矢理中に入れられて体がよろけるのを抑えた。
扉を閉めて、ハボックは煙草を左手に持った。
「…俺に何か言うコト無いんスか。」
「…。」
「…何で急にそーゆーコト一人で決めるんですか。
 期間が決まってないって何なんですか。」
「…。」
何も答えないロイに溜め息を吐いた。
「大佐、いい加減にしてくださいよ。」


答えてくれないのと、
気持ちが自分に向いていないコトを。


「…何故、お前に相談しなければならない。」
「何故って…!」
そこで、ハボックは気付いた。


元から、”恋人”という関係では無かったのではないか、という事に。


思い返せば、愛を伝えているのは自分ばかりで
ロイからは何も返って来なかったし。
そう思えば、
自分より、あのヒトの方が大事で来る度に構って、
自分の方は放って置かれるのも解った。
”恋人”なんだから、少しは自分の所にも来て欲しい、
なんてのは、とんだ勘違いだったのだ。
ただ、ロイは性欲の処理に自分を使っていたに過ぎないのだから。
途端に可笑しくなった。

「…すみませんね、どうやら勘違いしてたみたいで。」

煙草を口に咥えなおして、そのまま部屋を出て行った。
残されたロイがどんな表情をしていたのかも知らないで。








愛していたものが
全て偽者だったと気付いた、この日。








***








「あの、ジャン・ハボックさんは、まだいらっしゃいますか?」





「ハボック少尉!」
荷物を抱えていつもの部屋に戻ってきたフュリーが呼んだ。
「ん?」
「あの、女性が来ているのですが…。」
「あぁ、来るなって言ったのに。」
ハボックは席を立って、煙草を灰皿に押し付けた。
「大佐、少しだけ抜けて来てもいいですか?」
「…仕事中だ、
 と言いたいが、女性を待たせる男は最低だ。
 許可する。30分以内に戻って来い。」
ハボックの方を一切見ずに答えた。
「…はい。」
その返事に、少し苛ついたように返して部屋を出て行った。


あの日から、6日経った今、ハボックは女を作ったようだった。
あの時の女かどうかは解らないけれど。
それを確かめる勇気も機会も無く、
唯、平然と過ごしている。
「大佐、大丈夫ですか?」
心配そうに声を掛けるホークアイはロイのカップにコーヒーを注いだ。
「何が?」
「顔色があまりよろしくないので。」
「…そうか?疲れているだけだ。」
ホークアイが言う事は正しかった。
この6日間、不眠に陥り、あまり睡眠を摂っていないのだった。

眠りたいのに、眠れない。

このままでは、体を壊してしまうな、と思いながら
小さく溜め息を吐いた。

早く、早く忘れなければ。






***






暫く、ヒューズ家にお世話になるのだから、
とヒューズ家の宝であるエリシア嬢に贈り物をしようと
仕事帰りに店が並ぶ場所へ向かった。
エリシアは女の子らしく縫いぐるみが大好きだ。
特に、猫の縫いぐるみが。
喜ぶ顔を少し想像して自然と顔が綻んだ。
しかし、その顔もすぐに強張った。

目線の先には、金髪。

いつも見慣れているあの、金髪。
金髪なんてどこにもいるが、彼のだけは、間違えない。
その隣には、黒く長い髪の女が居た。
その様子はとても似合っていて、普通の恋人同士だという事が解る。
幸せそうに、寄り添う姿。
前にも、こんな光景を見た。
それは、もう何年も前に。
それを思い出した瞬間、
足が震えてきてその場から逃げるように家路を急いだ。

それから、もう何も覚えていなくて
気付いたら、部屋に戻っていて
棚にしまってある全ての本を取り出していた。

小さい頃から、本を読む事で何か嫌な事から逃れられる気がしていた。

それは、今でも続いていて、
どうしようもない事があると本を読んで気を紛らわせていた。
今でも、こんな事をしている自分に苦笑して鞄を出した。
鞄の中に、書類と机の上に置いてある小瓶、
いつもの出張する時の荷物を入れた。
そのまま鞄だけ持って家を出た。
そして、中央行きの最終の列車に乗り込んだ。
胃がきつく痛み、吐き気が出るのを押し殺した。







***






「マスタング大佐、こんなにお早い到着とは…御連絡を下されば…。」
夜中に到着したロイは、行く当ても無く
呆然と駅の備わっているベンチに座って居た所に
丁度見回りだったブロッシュが見つけた。
「…あぁ…、すまないな。」
「…。」
いつもの凛としたロイではなく、どこかおかしかったので心配した。
「ヒューズ中佐に連絡をし…」
「しなくていい…!」
腕を掴んで必死に止められたので、驚いた。
何か、切羽詰ったような顔をして。
「夜中だから…迷惑だろう?」
「そうですけど…。」
じゃあ、何故こんな夜中にこっちに来たのか、
なんて聞ける筈もなく言葉を探した。
「とりあえず、ここだと どうしようもないんで、移動しましょうか?」
車、そこにあるんで、と続けて言って、
一緒に見回りをしていた同僚を見つけて話をつけていた。
ぼんやりとその会話を見つめて、情けないな、と思っていた。
「…じゃあ、行きましょうか。」
話が終わったようで、車のキーを出しながらロイを連れ出した。


「…あの、東方で何か…ありました?」
運転をしながら、そっと訊ねてみた。
普通はストレートに訊くのは良くないのだけれど、
今回ばかりは異常で訊いた方が良いと思ったのだ。
「…。」
「…言いたくないなら、いいんですけど…。」
返事が無いのでちらりと様子を伺うと
ロイは俯いたままで、その顔から何か光る物が落ちるのが見えた。
「…!」
驚いて、車を道の脇に止めた。
「マスタング…大佐…?」
「…あ、すまない…情けないな…。」
隠すように両手で頭を抱える。
その姿があまりにも痛々しくて。
「お前の、その言葉を待ってたのかも…しれない…。」


大丈夫、は頑張れの意。
何かあった、は状態を心配していると思う。


「無礼かもしれませんが…。」
顔を隠しているロイの手を片方取り、自分の手を重ねた。
「こういう時、ヒトの体温って落ち着くらしいですから。」
緊張したように笑って手をぎゅっと握った。
「…あぁ、優しいな、お前は…。」
ほんの少し微笑んでまた涙で頬を濡らした。



「落ち着きました…?」
数十分経った頃、
静かになったロイを見ると頬を濡らしたまま眠っていた。
すっかり安心した、という表情には少し足りないが。
このままでは風邪を引いてしまうだろうと、
とりあえず上司のロスが待つ、いつもの仕事場へ向かう事にした。
彼女なら、もっと良い事を思いつくだろうと。
もっと、この大佐を支えてあげられるような言葉を。








「…で、その運び方は少し、いえ、凄いと思うわ。」
「あ、いや、本当は違かったんですよ!?
 階段とか、大変だし…何より大佐が軽いものでこっちの方が…。」
横向きに抱きかかえられたロイをちらりと見る。
依然眠っていて大人しい。
あの、人に隙を見せない気高い
『焔の錬金術師 ロイ・マスタング』
が、こんなにも疲れ果て眠っているなど
よっぽどの事があったのだ、と思う。
この人を弱らせたのは、一体誰なのだろうか。
ゆっくりと、仮眠用にあるベッドに横たわらせて毛布を掛ける。

「…今日は、とりあえずココで休んでもらいましょう。」
「…はい。」
明かりを暗くして
ロイを残し部屋を出て行った。













言い訳。

す、すみませ…!まだまだ続いております…!
どんどん泥沼に…!
というか、ありがち昼メロっぽく…!




黒田  (旧:神崎 楓)


2004.4.17
(移動:04.10.31)



















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