初めての夜。 黒田
「…ハボック、それ以上はダメ。」
しっとりとしたシーツに包み込まれるように
二人分の体重がベッドに沈む。
キスを軽いものから深いものへ変えようとしたハボックの唇を
息継ぎの瞬間に手で抑えた。
「…ーーーっ大佐〜…。」
情けない声を上げたハボックは、
犬の耳が、もしあったら垂れているぐらい困った顔をした。
「ダメ。」
そんな困った顔をされても、ロイは厳しく却下を下した。
却下されたハボックは、Yes,
sirと小さく答えて
ロイの隣のスペースに体を預けた。
高ぶる気持ちを抑えてロイを抱き寄せる。
「何にもしないから、これはいいでしょ…?」
「…あぁ…でも、腕が痛くなるぞ?」
「そんな、あんたぐらい何とも無いですよ。」
綺麗な黒髪に口吻けて、優しく撫でる。
おやすみなさい、と微笑むと、ロイはゆっくりと目を閉じた。
……セックスはダメなのだ。
どんなにこの恋人が好きでも、ダメなのだ。
否、好きだから、今まで生きた中で最も彼が好きだからダメなのだ。
自分は、誰とも交わった事の無い、処女、だからだ。
ここまで処女を守り通したのは、彼に出会う前に叶わぬ恋をしていて
どうしても、他の男に体を開く事は許せなかった。
しかし、その叶わぬ恋の相手より大事な人が出来た今でさえ
体を開くのを躊躇っている。
やはり、行為に恐怖を感じるが、それよりも
体を開いた後の方が恐怖だった。
自分は、どうなってしまうのだろうか?
もはや、彼なしでは生きていけなくなってしまうのではないか?
現時点で、もう彼が隣にいない生活は考えられないのだが…
それが、より強いものになってしまったら、どうなってしまうのだろうか?
色々な恐怖や不安が頭を一杯にして、行為から逃げてしまっている。
このまま、いつまで持つのだろうか…。
***
ロイが目を閉じた時、ハボックは漏れ出そうになった溜息を押し殺した。
今日もダメだった。
別に焦っている訳では無いのだが、やはりロイが欲しい。
付き合い始めて、半年が経とうとしている今、
ハボックが許されている行為は深い口吻けまでだった。
ロイと付き合うまでは、何人もの女と付き合ったが
ここまで大事にするのは、ロイが初めてだ。
どの女も、やっぱり手馴れているというか…
セックスをするのに、そんなに時間は掛からなかった。
そこまで考えて、
自分は繋がる事しか考えて無いのか、と情けなく思った。
今まで生きた中でロイが最も好きだから、彼女の全てが欲しい。
自己満足だろうが、それでも彼女が欲しかった。
だから、無理強いはしたくない。
まだ自分の事を認めていないのだから
彼女から許しを得るまで、いつまでも待つつもりでいた。
あの人を越えられるくらいに。
***
いつものように仕事に追われている、ある日、
ホークアイがロイの元に苦い顔をして書類を届けた。
「大佐、差し出がましい事を言いますが、
これはお断りした方がよろしいかと…。」
書類の内容を把握したロイは、顔を上げてホークアイを見た。
「…そうしたいのも山々だがね、そうもいかないだろうから。」
苦い顔をしたホークアイに微笑む。
ホークアイは、そうですか…と答えて下がっていった。
もう一度、書類内容を読む。
相手は、昔からロイを愛人にしようと詰め寄っていた上官だった。
ここ最近は、こういった軽い仕事を交えての
殆ど私用な連絡は寄越さなくなったのだが、
今日、突然送られてきた。
ハボックとの関係を嗅ぎ付けたのだろうか。
一度、強く断らないといけない。
上司、部下関係なく、
そうして降り掛かる火の粉を払ってきたロイだったので
今回も幾多の考えを巡らせる。
少しばかり分が悪いのだが、何とかせねばならない。
…今日の、3時か。
「誰か来るんですか?」
ロイの元から下がってきたホークアイに、ハボックは問いかけた。
「えぇ、大佐より上の方が。」
「へぇ、何時からなんです?俺、後ろに付くんで。」
「…いえ、貴方はいいわ。私が付くから。」
何か考えたような間の後、答えられたホークアイの言葉に
少し不振なものを感じた。
「それより少尉は、この書類を今日中に仕上げてちょうだいね。」
「ま、マジですか!?」
”この書類”は、ホークアイの手から机の上に膨大に積み重ねられた。
今日中に仕上げるには、とても怪しい量だ。
大きく溜息を吐いて、わかりました、と返して仕事を始めた。
***
「わざわざ遠い所から、ご苦労様です。」
綺麗に敬礼をして上官を迎える。
「ロイ・マスタング大佐、元気にしていたかね?」
上官は、舐める様な視線で全身を見ながらソファに座る。
「えぇ、軍に尽くす身ですから。」
皺のよった手でソファに座れと促され、真正面に座る。
前に書類を乗せたデスクを挟んでいても
いやらしく這う視線がロイの体に纏わりつく。
その視線を受けながらも書類に目を落とす。
仕事の内容は、わざわざ時間を割いて話すものでもなく
下心が見え透いている。
誤魔化すのでは無く、徹底的なものを与えないとダメなようだ。
そして、自分の地位は落とさないように。
「…これで、終了ですが、何かありますか?」
手早く仕事を完了させて、上官を見る。
奴は、いやらしい笑みを浮かべて頷いた。
「それでは、外までお送り致します。」
立ち上がり、奴のソファに近づいた時、視界が急激に下がった。
腕を引っ張られ、隣に座らされるような形になった。
「ロイ君、私のものにならないかね?」
予想通りの台詞に頭が冴え始めた。
「奥方がおられるではありませんか。」
「あれとは別れて君を妻に迎えよう。」
「私のような者は、…とても。」
「君のように美しい妻が居たら、私も鼻が高い。」
「奥方の方が断然美しいではありませんか。」
迷った素振りは見せず淡々と答えると、
相手は痺れを切らせて、圧し掛かってきた。
「私のものになりたまえ!」
軍服と共にシャツを乱暴に引き千切られる。
どこまでも予想通りの男。
こんな男が自分の上司だと言う事に吐き気がする。
「…お言葉ですが、
後、数秒で私の部下達がここへ貴方を迎えに参ります。」
ロイの白い首筋を夢中で噛み付いていた上司は顔を上げた。
「今日は、次の仕事の為、マース・ヒューズ中佐も参ります。
この現場を見られては、よろしく無いのでは?」
「…君は、想像以上に腹が黒いようだな。」
「…えぇ、申した筈です。
私のような者は、ただの猫とは違い
内に何を抱えているかわかりませんよ、と。」
恐ろしい程、冷めた目で男を見る。
それは、男を震え上がらせるに十分な効力を持っていた。
手に填められた手袋の練成陣が目につく様に胸元へやった時、
ノックの音が響いた。
「……っ!」
急いで立ち上がり、訪問者が部屋へ入る前に奴は逃げていった。
こんな屈辱を味わったのだから、きっと次は無いだろう。
「大佐…!」
聞こえた声はホークアイだ。
予め、数分後には来るように頼んだのだ。
「大丈夫ですか?どこか、お怪我は?」
駆け寄るホークアイを手で制して体を起き上がらせる。
「あぁ、何でもないよ。」
引き千切られた服を前へ寄せて手で掴む。
その手が俄かに震えていたのをホークアイは見逃さなかった。
「大佐…無理はなさらないで下さい…。」
悔しそうに顔を歪めて視線を落とした彼女に微笑む。
「ふふ、リザは優しいね。」
彼女を宥めるようにプライベートで呼ぶ名前で答え、立ち上がる。
軽く震えている足も叱咤して、歩き始める。
この空気の悪い部屋を早く出たい。
ホークアイはそっと、ロイがよろけない様に支えた。
「…ハボックは?」
「…えぇ、大丈夫です、今頃、書類を仕上げてますよ。」
「そうか…。」
こんな姿は、見られたくない。
理由はどうあれ、ハボックだけには知られたくない。
その気持ちをよく知っているホークアイは、ロイの背中を優しく撫でた。
ロイの来客が気になったハボックは、
何かある度に部屋を出ようと試みたがブレダやファルマンに
止められ、外には一歩も出られないでいる。
苛立ち、煙草の本数が増えていく一方だった。
明らかにホークアイは自分を来客に合わせないようにしている。
そんなに隠したい相手なのか。
恋人として仕事だろうが、やっぱり知りたい。
空になった煙草の箱を潰した所で、ロイが部屋に入って来た。
「あー…今日も疲れたなぁ〜。
早番の者は、帰ってよし。」
その途端に、早番だった、ブレダは立ち上がって伸びをした。
すかさず帰り支度を手早く終えて、お疲れ様です、と部屋を出て行った。
ブレダに、最近恋人が出来た事を知っていたハボックは
羨望の眼差しで見送った。
上手くいってんだろうな…
羨ましい。
焦っていないといっても、やはり欲望が枯れる事はない。
もう何度想っただろう、ロイとの行為を浮かべた。
柔らかく滑らかな肌に胸。
あの黒い瞳が快楽を映して瞬き、甘く啼く声。
…あ〜…こんなんだから、ダメなんだろうな。
溜息を吐いて、書類に目を落とした。
書類は躍起になって終わらせて早くロイの元へ行こうと考えたものの
結局、間に合わなかったのだった。
しかも、今日中で終わらせるにはあと数時間掛かる。
早番でも、残業決定だという事に憂鬱になる。
「少尉、その書類は、もう後少しなのでしょう?
期限は明後日だから、明日に回してもいいわよ。」
煙草をふかしてぼんやりしていたハボックにホークアイが声を掛けた。
「えっ、いいんですか?!」
ホークアイからの優しい言葉に腐りかけていた頭を起こして喜んだ。
「大佐も、今日は早番でしたよね?」
「あぁ。」
「じゃあ、少尉、大佐を送ってあげてね。」
「了ー解。」
いつも早番や遅番でも、上がりが一緒になる場合は、
必ず共に帰るので慣れたように話を進めた。
いつものように荷物を纏め、
いつものように今吸ってた煙草を灰皿に押し付けた。
只、いつもと違うのは、
『一緒に帰るのが嬉しい』という気持ちが
『来客は誰だったんだ?』という疑問に満ちた気分だった。
ロイは、いつものように鞄を持って、コートを着ていた。
自分の思い過ごしなのだろうか…。
「それじゃあ、中尉、お疲れ様です。」
「中尉、後は頼んだよ。」
「はい、お疲れ様です。」
二人を部屋の外まで見送る。
ロイは軽く手を振り、ハボックは頭を軽く下げて別れの挨拶をした。
二人の背中を見て、胸に残る心配が痛んだ。
あのままの調子で彼女は良いのだろうか?
数多の男に付け狙われている事を彼に隠したまま、
ずっとやり過ごしていくのだろうか?
それを隠し通せていけるのだろうか?
一番に慕う人だから、心配で仕方なかった。
自分からどうにか出来ない歯痒さを堪えて、部屋に入った。

言い訳。
はい、再びやってしまいました。
女の子化です。また先天的です。
しかも、続いてます…。
もう、誰も付いて来れないですよ ね…!
もうひとつ女の子化が書けたら登録しようかな…。
黒田
2005.4.20
(ブラウザバックでお戻り下さい。)