初めての夜。 2 黒田
今日のロイは、酷く疲れたようだった。
「…大佐、着きましたけど?」
家の前まで着いても気付かなかったくらい何かを考えている。
不思議に思って、顔を覗き込むと、はっと顔を上げた。
「あ、着いたのか…すまない、考え事をしていた。」
仕事の顔から、プライベートの顔に一向に戻らない。
やはり、今日はどこかおかしい。
荷物を持って、慣れたように家に入り、電気を点ける。
ロイものろのろと後について行った。
ゆっくりと堅苦しいといつも言う軍服を脱ぐ。
すると、シャツ越しに豊満な胸が現れた。
いつも目に毒だと思うけれど、視線が向かってしまう。
「………あ、れ…?」
そのまま、ふらふらと開け放しにされていた
寝室のベッドへ向かって行った。
ロイは、やはり何か考えているようで心ここに在らず、だ。
ハボックが近付き、隣に座ったのにも気付かないくらい。
「…大佐。」
「…ん…?」
ハボックの声がいつもより低音な事にも気付かない。
「今日、誰に会ったんです?」
ぴくりと俄かに反応した。
「…誰…?くだらない上官だと言っただろう。」
その反応を逃さなかった。
ハボックは、ロイの襟を掴んで引っ張った。
「な…っ!」
「その上官と、何、したんです?」
そこで、やっとロイは気付いた。
ハボックが、こんなにも怒っている事を。
「な、何って…何もしていない。」
「してなくて、こんなの出来るんスか?」
強く引っ張った訳でもないのにシャツは大きく胸元まで開いた。
元よりシャツの釦は、上半分程無くなっていたから。
紅く色付いた痕を指で辿るように触れたかと思うと、
首を押さえられ、後ろに倒された。
「…ぐっ…!」
ロイの上に覆い被さったハボックは、
細い首を押さえて、空いた手で今度はシャツを強く引っ張った。
釦は脆くも弾けて飛び、上半身が外気に触れた。
「何をする…っ!!」
首を押さえた手を両手で退かそうと掴むがびくともしない。
「何?
何って、ヤるコトしか考えてないっスよ。」
酷く冷めた目で、見下ろされた。
ハボックのそんな目を自分に向けられたのは、初めてで
恐怖と悲しみで自然と手が震える。
「ハボック…ッ…やめたまえ!!」
ボトムに伸びた手を払おうと勢いよく腕を振ったが、
その手も捕らわれた。
「上官の御機嫌取りの為なら、
淫乱な売春婦のように足を開くんでしょ?
ヤらせて下さいよ。
それとも、俺があんたの上官にならないとヤらせてくれない?」
その言葉を聞いて、ロイは体の力が全て抜けた。
腕を投げ出し、顔を背く。
「……だけ、は…。」
小さく呟いた声に、白い肌を口付けていたハボックの耳に届いた。
「…お前だけは…ひっ…違うと思って……っ。」
震え始めた胸に気付き、顔を上げた。
ロイの顔を見て、のぼった血の気が一瞬にして引く。
「…ぁ……たい…さ…。」
大粒の涙が溢れてシーツを濡らしていた。
そのすぐ下には、首を押さえる自分の手があり、
破かれたようなシャツ。
血の気が引いて、自覚した。
これでは、まるで…。
「……私を、そんな風に思っていたのか…っ!」
首、腕を掴む手の力が緩んだ時、ロイの腕に振り払われた。
シャツを掻き合わせ、体を守るように縮こまる。
「出て行け!」
「大佐…!」
小刻みに震える肩。
こちらを向かせようと、その肩に触れた時、ロイは大きく震えた。
「触るなっ!!」
咄嗟にボトムのポケットから発火布を出し、それをハボックに向けた。
「…二度と私に触れるな。」
涙で濡れた目は、鋭く怒りを灯していた。
どんな場合でも、素早く身に着けられるよう慣らした動作で
発火布を手に填める。
「たい…」
「早く出て行け!」
「……っ!」
引かない態度にハボックは、項垂れて立ち上がり部屋を出た。
残されたロイは、崩れるようにシーツに倒れ込んだ。
『淫乱な売春婦のように足を開くんでしょ?』
ハボックが、自分を犯そうとした事より、言われた言葉より
彼がそんな風に自分を見ていた事の方が悲しかった。
所詮、男は皆、ああなのかと改めて感じた。
でも、
何度も危ない橋を渡り掛けて、助けてくれたのは
いつもヒューズだった。
ヒューズのような男なら、自分を任せられる、と思って恋をした。
しかし、両想いになるには親友でいる時間が長過ぎた。
彼は、あっという間に結婚をし、子供も作った。
奥さんも素敵な女性で、旦那の親友が女である自分だというのに
嫌な顔、疑いの顔を一切せずに、優しくしてくれる。
今では、二人の幸せを温かく見守れる。
そして、醜い想いを引き摺る自分を呪う中、
出会ったのがハボックだった。
彼は、優秀な部下として自分の配下に就き
いつの間にか心に住み着いた。
初めて会った時から度々、女性に振られただの
付き合い始めただの聞いていた。
それなりに経験は積んでいるだろう彼に半年以上前に告白された。
告白と言っても、満足なものじゃなくて
完全に魔が差したような感じだった。
私は信用出来なくて仕事の邪魔になる、と断った。
本当は、ヒューズの事をまだ引き摺っていたから。
それから何ヶ月も諦めないとばかりに仕事も熱心に、愛を伝えてきた。
ふとした気の緩みから、付き合いを承諾した。
たぶん、ヒューズ達が酷く羨ましかったんだと思う。
心の隙間に入り込んだハボックは、とても優しく温かかった。
燻らせていたヒューズへの想いをも越え、彼を愛した。
しかし、”純愛”は無理だったのだ。
信じていたのに、裏切られたようで悲しかった。
自分も誤解されるような事をしたのは分かる。
だが、それでも。
数多の男と付き合ったと噂されているが、
ヒューズへの想いを断ち切ろうと躍起になった結果だった。
実際は、本当に表面だけで心を深くまでは入り込ませなかった。
そんな噂と、噂は偽りだと否定しない自分を見て
ハボックは軽い女だと思って近付いたのかもしれない。
数ヶ月と持たない男達に挑戦するようなものだったのかもしれない。
性欲処理もさせない女だと思わなかったんだろうな。
「…ははは…っ。」
こんなに傷付くなら止めれば良いって知ってたのに。
滲んだ視界を閉じて自分を守るように蹲った。
***
あそこまで頭に血がのぼった自分は初めてだった。
追い出されて着いた自分の部屋に入り、
震える手で自分を落ち着かせる為に煙草に火を点けた。
傷付けるなんて考えもしないで発した言葉を思い出す。
『上官の御機嫌取りの為なら、
淫乱な売春婦のように足を開くんでしょ?』
最低だ。
もし、本当にそんな事をやっていても、恋人に向ける言葉じゃない。
首を押さえて動けないようにして、あれでは、まるで
強姦じゃないか。
いつまでも待つつもりでいたなんて考えは何処に行ったんだ。
ヒューズ中佐に叶わない恋心を抱いていた
彼女の時折見せる悲しい表情を変えたいと思って
何ヶ月も想って告白した。
柄にも無く緊張して、魔が差したようになってしまったけど
それでも、想いを告げた。
けど、彼女は仕事の邪魔になる、と断った。
本当は、中佐の事が忘れられないのだろう。
それから何ヶ月も仕事を熱心にすれば少しは傾くだろうか、とか
魔が差した風でもないように愛を伝えた。
ある日、ヒューズ中佐が家族揃って東方に出向いた時
彼女が酷く羨望していたのが分かった。
その日の帰りだった。
ロイが付き合いを承諾したのは。
それこそ、魔が差したような承諾だったが、それでも良かった。
少しだけ進歩したには変わりなかったからだ。
そこからは、徐々に歩み寄った。
上司と部下という関係からだったから、
恋人らしい行動になるのに中々時間が掛かった。
それでも、ハボックが経験してきた恋人同士にはまだ足りてなくて。
体を繋げる事ばかり考えていた。
それでも、彼女に認められるまで耐えた。
つもりだった、さっきまでは。
数多の男と付き合ったっていう噂は聞いていた。
殆どが数ヶ月持たずに別れて。
その頃の彼女を知らないから、何とも言えないが、
彼女程の美貌の持ち主なんだから、
付き合った男達が性行為を仕掛けないはずがない。
中佐への叶わない想いを、他で、しかも体で代用していたのだろうか。
自分もその代用の一人なのでは無いだろうか。
自分の地位を計算して、優位に立てる男としか寝ない?
そんな事無い、と信じたいが
実際見てしまったんだ。
自分にも付けさせない、首筋の紅い痕を。
何も無い状態で一体どうしたら付くというのだ。
忠実だった犬がまさか噛み付いてくるとは思わなかったんだろうな。
そこまで”あのヒト”が忘れられない?
もう、近付ける方法の全てはやったんだ。
全然効果の無い煙草を揉み消して、大きく溜息を吐いた。

言い訳。
また続いていま す。
ハボ、ぷっつりとキレました。
滅多にキレないと思うんですが、ロイのコトになると、ね。
くらぁい感じになって参りましたが…お付き合いお願い致します;
黒田
2005.4.27
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