初めての夜。 3         黒田











会いたくない。






その一心で、なるべく外へ出る仕事を引っ張り出した。
隣には、リザを。
もう片方の隣には、煙草の匂いはしない。
彼は昨日残した仕事を片付けているだろう。

今朝は、寒々しい程ぎこちなかった。



「…おはようございます、大佐。」
「……おはよう。」
目さえも合わせないように書類に夢中な振りをした。
彼の視線が怖い。
また、昨日のように見られたら、と思うと目が見れなかった。
彼もいつもより距離を取っている。

近付くな。

心でそう呟いたのが聞こえたかのように。
それから、何も言わずに仕事を始めたのだった。
リザが来るまでは、書類を擦る音、ペンが紙を走る音しかしなかった。
一切、言葉は発しなかった。



リザが出勤した時、その様子に逸早く気付いた。
ロイの仕事を外にして、ハボックには中の仕事を渡した。
彼女を外に連れ出した時の、ハボックの表情は
完全に自信を無くしたものだった。
やはり、何かあったのだ、と感付く。
リザの不安は積もった。


「…大佐、疲れましたでしょう?
 近くに紅茶の美味しいカフェがあるんです、寄ってみませんか?」
丁度3時くらいになった頃、元気の無いロイに微笑んだ。
その元気の無い顔が一変して、目を見開いた。
普段のリザなら絶対に有り得ない話に驚いた。
「…しかし…。」
「休憩も取らずに仕事を続けるなんて…珍しいですね。
 まさか、私の休憩も無しになさるおつもりですか?」
「あ…、いや、中尉、すまない。
 じゃあ、そこへ寄ろうか。」
強引な手でも使わないと、きっと今のこの人は休まないから。
この状態は非常に良くない。
何とかしてあげたい、と思う。
彼女は、ある意味、敵に囲まれているようなものだから
弱い所は見せられない気持ちがある。
それをよく溜め込んでしまうようで、
いままでは、きっとヒューズやハボックに話していただろう。
しかし、今は、それは出来ない。
自分が何とかしてあげる番だ。

「大佐、どうです?ここの紅茶。」
ふんわりと漂う柔らかな香りを楽しみながら口に一口含む。
「…えぇ、香りも味わいも、とても良いね。」
朝から強張ったままの表情が少しだけ綻んだ。
その、綻んだ瞬間に、透明な雫が零れた。

自分の心配が当たってしまった。

「…あ……。」
雫が頬を伝い、手の上に落ちた時、
ロイは震える手で目を覆った。

今、やっと安著したのだった。

ハボックの居た空間がこんなにも怖かったなんて。
一昨日までは、逆の感情だったのに。
「…私…もう…」
「駄目なんて、言葉…大佐には似合いませんよ?」
上から言葉を被せた。
言葉は厳しかったけれど、雰囲気は心配を含んでいる。
「何があったのかは、わかりません。
 そして、それを聞きたいとも思いません。
 でも、これだけは言います。」

「進む為に逃げてばかりでは、前にだって進めません。」

リザの凛とした声がロイを包む。
彼女の言いたい事は理解出来る、けど。

『…もう、遅い…』

恐怖を刻み込まれた感覚は、そう簡単には治らない。
体中が、心が、痛んだ。
目を覆った手を下ろして、両手でカップを持つ。
紅茶が俄かに揺れている。
「…誰だって予想通りに事が進まない時がありますよ。
 それから逃げては、また繰り返してしまいますから…。
 ゆっくり、もう一度、確実に進んでみてはどうでしょうか。」
柔らかい声音だった。
彼女は、本当にロイを見ている。
理解しているから、誤魔化したような慰めは言わないのだ。
彼女の言葉は、嬉しかったし、ありがたかった。
しかし、自分が彼に歩み寄ってみた所で
彼は、どうなのだろうか。

『俺があんたの上官にならないとヤらせてくれない?』

興味と性欲処理の為だけだった。
あの優しい眼は嘘だった。
あの優しい言葉も嘘だった。
全てが嘘だったのに、もう一度歩み寄っても…。

でも、自分は、彼の事を愛してしまったのだ。
もう戻れない程に。

『ゆっくり、もう一度、確実に進んでみてはどうでしょうか。』

もう一度、確実に。

「…リザ、ありがとう…君は、本当に優しいね…。」
悲愴な瞳の色が、今は幾分か和らぎ強い瞳が戻って来た。
いつもよりかは、多少劣るが。

まずは、体制を整えてちゃんと向き合って…
体目当てではなく、心から好きになって貰えないだろうか。
彼は、”他”を探してしまうかもしれないけれど…。
…それでも、彼が振り向いてくれるなら、
いくら時間が掛かっても良い。
向き合うのですら時間が掛かるかもしれないけれど。

もう最後かもしれない恋だから。


「…さぁ、大佐、行きましょうか。」


柔らかい微笑みを浮かべたリザが立ち上がる。
自分は、なんて良い部下を持ったのだろうか、
と感じながら立ち上がる。
「君が、男性だったら揺らいでいたよ。」
「私は、嫌ですよ。」
即答したリザに、はたと動きを止めた。

「私は、今の在り方が好きなんです。」

「ふふ、じゃあ、”お姉さん”という所かな。」
会計を済ませたリザの隣に寄り、顔を覗き込む。
「…私は厳しい姉ですよ?」
リザは、いつもの冷静な表情だったが、どこか嬉しそうだった。


























言い訳。

ま、また難産でした…。
ワンパターンになってきたので…。
ロイが「フられても諦めないんだから!」
という台詞の少女漫画の子みたいになってきました…!
まだ続きます…お付き合いして頂けると嬉しいです…!



黒田


2005.6.22




















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