初めての夜。 4         黒田
















刻まれた恐怖は
やはり、とても強く。





執務室に戻ったロイは、一呼吸置いた。
いつも通りに過ごす。
仕事に支障をきたさない。
これからの目標を頭に並べて椅子に座る。

大丈夫。

早速、部屋をノックする音が聞こえた。
「…失礼します。」
ドアを開ける音と共に聞こえた声。
反射的に顔を上げて、目を見開いてしまった。

彼が、この部屋に来るなんて。

ドアを閉めて、近付いて来る。
心臓が嫌なように高鳴り、視線は咄嗟に離してデスクを睨む。


首が、痛い。


抑え付けられた箇所が酷く痛み出した。
前で組んだ手が俄かに震えたのが見えて、ぎゅっと力を入れる。


怖い。


たった今、目標を立てたばかりなのに、
恐怖が先にきてしまい身体が言う事を利かない。
なんて情けない。

「……大佐、あっちで皆が書類持って待ってるんで、
 来て貰えますか?」
ただ単に報告のように仕事を伝える。
「……あぁ…わかった、すぐに行く…。」
声が震えなかっただろうか。
表情は、下を向いていたので良いとして…。
これでは、きちんと向き合うのは一体いつになるのか。

「…そんなに身構えなくても、
 もう触れたりしませんから、安心して下さいよ。」

いつもの低い声。
今、何て?
「これからも、貴女の部下として働かせて下さい。
 …もし、嫌なら飛ばしてくれても構わないですが…。」
固まるロイの返事も聞かず、踵を返して部屋を出て行った。

もう、触れたりしない?
私の部下として?


”恋愛の対象外”として?


そんなに、私に興味が無い?
そんなに、性欲処理をさせなかったのが嫌だった?

いや、触るなと言ったのは自分。
いつも都合の良い様に意見を変えるのも自分。
全ては自分の行い。
再び己に圧し掛かる深い後悔を呪う。

何かが、零れ落ちていく感覚がした。












***













「よーぉ!ロイちゃん、元気にしてたかぁ?」

いつものように部屋に入るなり、いつもの挨拶をする。
周りはもう慣れたようで視線を一度向けるだけで仕事に戻っていた。
仮にも、上官なのに。
「ヒューズ…。」
「そんなに嫌な顔すんなよ。」
毎度のテンションに頭が痛くなる。
そのヒューズはロイの机の前にまで来て、
手を口元に持っていき少し屈む。
”耳を貸せ”と言っているのだ。
何事かと、耳を向けて彼に近づいた。
「お前が急に呼んだんだろーが。無理やり仕事を引っ張ったんだ
 後で、美味い飯奢れよ〜、腹空かせて来たんだからな?」
ロイがヒューズを呼んだというのは、
昨日の上官に言った言葉を本当に見せる為だったので
公にはしないでくれと予め頼んでいたから、こっそりと話したのだった。
あまりにもヒューズらしい言葉に、思わず小さく笑みが漏れた。
「…わかった。」
「よーし、じゃあ、まずは、エリシアちゃんがなぁ〜!」
またいつものように話始めるヒューズの奥で
視線がひとつ向かっていたのに気付かなかったのは
今、ロイにとってヒューズは気を許せる数少ない人間で
彼の優しさと暖かさを感じるのに夢中になっていたからだった。






『…何で、そんな表情すんの。』

「……なぁに、珍しく頑張ってんの?」
苛立ちを隠すようにハボックは必死に書類に向かうブレダに声を掛けた。
「そりゃ、愛しの彼女の為だろ〜。今夜も会うんだよ。」
「…ふーん、どんな娘?」
そういえば一度も見せて貰った事がない、と思った。
ブレダは、にやりと笑って机の引き出しを開けて一枚の写真を出した。
「見ろ!可愛いだろ〜?」
写真には、
緩やかなウェーブのかかった金髪の大人しそうな娘が写っていた。
「…へぇ、可愛いな。」
思っても無かったが、つい答えてしまった。
「あー!そうだった!お前の好みじゃねぇか!
 金髪でウェーブのかかった長い髪、キレイ系つーか可愛い系!
 大人しい感じで、でもボイン!」
ブレダは慌てて、ハボックの手から写真を奪い取り大事に抱えた。

好み?
そうだったっけ?
あぁ、昔はそうだったかもしれない。

「…まぁ、確かに…穢れてないような清純な娘がいいよな。」
ロイは、いくら汚い事をしても穢れていないような神聖なイメージがする。
それは誰もが惹き付けられる魅力と強い瞳を持っているから。
全て彼女に書き換えられている事に気付き、自分を嘲笑う。
「お前、狙うなよ…!」
「…ははは、さぁなぁ?」
「あ、ありえねぇ!」
ブレダが怒る中、ちらりとロイを盗み見た。
ヒューズに囁かれて一瞬笑った表情が忘れられない。
まるで少女のような清らかな笑みだった。
だが、今はまた哀しい笑みになっていた。

『まだ、忘れられない…手に入らないと分かっているのに?』

彼女へと思った事が自分にも言えた言葉だと、また己を嘲笑った。






「…ロイ?」
愛娘の写真を持って、不審にロイの顔を伺った。
「…あ、すまない。」
取り繕った笑みでヒューズを見る。
これじゃあ、見透かされるのは分かっているが
今は少しでも彼の暖かさを感じたかった。
話を止めて欲しくなくて、笑みを繕った。
彼の、ハボックの話が耳に届かないくらいに話をして欲しかった。
「…あぁ〜、ロイ。
 俺、腹減ったからさ、飯食いに行こう?」
急に来てだけど、と言いながら目は優しさを含んでいる。
やはり感付いたのだろう。
「…仕方ないな。
 中尉、すまないが昼食に行っても良いかな?」
朝に外へ出てから数時間しか経っていない。
でも、冷静を装わなければならないが今は崩れてしまいそうで
早くここから出たかった。

『穢れていないような清純な娘』

自分は、酷く汚れている。
彼の趣味から大幅に外れていて、
もう無理なんだと思い知らされる。

「…はい、ついでにこの仕事もやって頂ければ問題はありません。」
また外の仕事を引っ張り出して、
長くこの部屋から出られるように考えてくれているのだ。
落ち着けるように、ヒューズと相談をして…

突然、電話が鳴った。

当然のようにリザが受話器を取って対応する。
リザが苦い表情をした。
そして、ロイへ受話器を渡す。
その苦い表情で相手が誰なのか、すぐに解った。
受話器から聞こえる厭らしい声に、欲が丸見えな話。
吐き気がする。
昨日でまだ足りないのか。
本当に葬り去ってしまおうか。

「………わかりました、それでは今夜に。」

仕事では無い雰囲気が含まれていて、
部下、ヒューズ達は皆静まり返っていた。
「大佐、まさか…」
「中尉、すまないが昼食と一緒に少し買い物をしてくるよ。
 仕事はちゃんとやってくるから。」
「…っ………はい。」
リザは、またいけない方向に行くロイを止めようとしたが
眼が、冷めたものになっていてそれ以上は何も言えなかった。

























言い訳。

ごたごたしてます。
ヒューズも出て来ました。
ハボはいつもヒューズを疎ましく思ってます…
本当は仲良くして欲しいんですけど…。




黒田


2005.7.19




















(ブラウザバックでお戻り下さい。)