初めての夜。 5 黒田
「…大佐、それは…。」
執務室のロイの机にヒューズが下ろした荷物は
どれも高級そうな紙袋や箱だった。
「家に帰ってからでは時間に間に合わないからな、買って来た。」
何を、とまでは言えなかった。
想像は容易についた。
今夜行くと思われる場所に着て行くのだろう。
普通、服を買った女性はどこか嬉しそうにするものだが、
彼女は冷たい視線のまま。
自分の為に買ったのではない、自分の物ではないかのように。
「中尉、さっきの仕事の書類なんだが…」
何事も無かったように仕事を始めるロイに
皆も少し戸惑いながら仕事を続けた。
外は日が暮れて暫く経った頃、ロイは席を立った。
「そろそろ時間だな…着替えて来る。」
紙袋一式を持って部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送って、ヒューズは溜息を一つ漏らした。
「……あぁ、リザちゃんやって貰いたいコトあるんだけど。」
「はい、どのような用件でしょうか?」
ロイの机のメモ用紙に何か書いて一枚を渡す。
「…了解致しました。」
内容を読んで、それを抱えていた書類の上へ乗せて
フュリーの方を向いた。
「フュリー曹長、手伝って貰って良いかしら。」
「は、はい。」
慌てて立ち上がり、リザの元へ行く。
慌てる必要は無いのだが、雰囲気と視線が物語っていた。
二人は足早に部屋を出て行った。
周りも静まり返って、彼女達を見送る。
ヒューズもハボックの方を向き、一言言った。
「ちょっと、話付き合ってくれないか?」
「……はい。」
部屋の外を指されて、大人しく付いて行った。
残された二人は『殴られんじゃねーの?』とか
『叱られるのでしょうか…?』とか不安ばかりが募った。
部屋から少し離れた人通りの少ない廊下でヒューズは止まった。
それに応じてハボックも止まる。
「…おい、わんこ。お前が付いててなんて有様だよ?」
振り返ったヒューズの想像通りの言葉で、息が詰まった。
返す言葉が見つからず、黙るハボックにヒューズは溜息を吐く。
「……お前には、この仕事をやる。」
さっきのメモ用紙だろう紙を渡された。
内容を読んで、ヒューズを見る。
「…信じ続けてやらないと。
信頼が無くなったと思った時、逃げるぞ、ロイは。」
人は簡単に裏切る事が出来ると言っていた彼女だから。
その冷たい瞳を隣で見ている事しか出来なかった自分は
最近ロイが幸せそうに温かい瞳で
ハボックの話をしていたのを知っている。
今日の彼女は、また冷たい瞳になっていた。
昼食で彼女からハボックの事は何も訊かなかったが
それだけで解らなければ、何年一緒に過ごしたのか問われるくらいだ。
「このまま逃げられて
それでいいの、お前は?」
「そんなの…よくないっスよ。
でも、俺からはもう何も出来ないんですよ…。
第一、大佐はもう…。」
やっと声を出したが、自信を失った表情で。
「…もう、何だ?
何にも出来ないんなら、せめてロイを信じてやれ
これから起こる事も全部。」
「…はい。」
戻るぞ、とハボックの肩を軽く押し、歩き出した。
ロイが冷たい瞳に戻ってもハボックに対して
まだ気持ちが向いているという事は、罰として教えない。
いや、これを教えては繋がるものも繋がらない。
乗り越えて、繋がりを強めて幸せになって欲しい。
自分では、してやれなかった分も。
執務室に戻って、皆に密かに身の心配をされ『大丈夫』と伝えると
安心したようで仕事に戻った。
それから少しの時間が流れて、
外に軍で支給される靴とは別の物の音が聞こえた。
「…っと、お姫さん来たみたいだな。」
それと同時に扉が開かれる音もした。
自分は、その方向を見れないでいた。
きっと彼女はとても綺麗だろう。
「お〜!ロイ〜、綺麗じゃねぇか!」
「「…大佐!」」
皆の声が発せられて、今自分もそちらを見ないと不自然になると、
やっとの思いで顔を上げた。
黒いドレスを纏った彼女。
スリットが深く入り美しい脚線がはっきり出て、
首には上品なレースの付いたチョーカーに
胸元はチョーカーと揃えたレースをふんだんに使って
ロイの豊満な胸を綺麗に象る。
それを支える腰は黒い色で余計細く見え、
軍に仕える身だとは思えない程、華奢だ。
やはり、とても綺麗だった。
それが他人の為だと思うと喜ばしくなくて、自分が苛立つのがわかった。
煙草を取り出して火を点けて紛らわす。
「お前、試着で見ただろうが。」
その彼女は呆れ顔でこちらを見る。
ハボックの方は一瞥するだけだった。
ファルマンとヒューズだけがロイの側へ行った。
「ハボック、大佐の変身っぷり、すげぇよなぁ〜!」
隣に居たブレダが一言言う。
「…あぁ、そうだな。」
曖昧な返事をした事でブレダは不思議そうな顔をした。
「タイプじゃねぇってか?」
「…………。
…ボイン好きだけど。」
「…お前、それだけかよ〜。」
それだけじゃないよ、勿論。
姿だけじゃない、中身だって。
でも、今それをここで言っては、いけない。
言えない。
嘘の様に、世辞のように聞こえてしまうから。
「……中尉は?」
いつも自分の側に付いてくれる彼女の姿が見えず
ファルマン、ヒューズに訊く。
ファルマンは黙ったまま、ヒューズがにっこりと笑った。
「ごめんなぁ、リザちゃんにお使い頼んじゃって。
俺が代わりに送ってくからさ。」
「そうか…。
ファルマン准尉、すまないが後は任せたよ。」
「…はい。」
じゃあ、と言ってショールを羽織るロイは背を向けて
そのまま部屋を出て行った。
彼女の後を追うヒューズは扉を閉める際にこちらを見る。
ハボックには、その意図がはっきりと伝わった。
廊下では、時間も時間で人は少なくなったものの、
通る度に皆が振り返る。
隣に中央のヒューズが付いて、
何か理由があっての格好だと誰もが思うから咎められず
振り返った者は、殆ど感嘆の声を囁く。
「……ロイ。」
「…。」
足は止めずに歩く音が響く。
「……もう少しだから、な?」
「…。」
何も返事を返さないロイの横顔から見える瞳が俄かに動いた。
それは、ほんの少しで。
最短で着く様に、あまり目立たない様にと選んだ道で
やっと車を置いている場所が見えた。
その場には、もう人はいない。
ヒューズは鍵を出して、使う車の方へ向かった。
「……ヒューズ…。」
小さな声で呟いた。
「ロイ、……よく我慢したな。」
彼女の目には涙が溢れて、肩が切なく震えている。
そっと手を伸ばし、優しく髪を撫でてやる。
その肩を抱きしめるのは自分じゃない。
「…ヒュー……っ。」
「よしよし、よーくわかった。
でも、泣き止まないと化粧が落ちて大変な事になるぞ〜?」
「…ぅ…るさい…っ!」
撫でている手を掴まれて軍服の袖に顔を押し付けられた。
涙を拭ったのだろう。
「…ほら、早く私をエスコートしたまえ。」
「はい、マスタング大佐殿。」
ドアを開け、後部座席へと座らせてヒューズは運転席に付いた。
「…お前は、それでいいのか?」
エンジンを掛けて温まるのを待っているのか、車は発進しない。
「……よくない…。
でも、彼は…。」
「奴の話も聞かないで、逃げていいの?」
振り返らずに言う、ヒューズの背中を見る。
「……っな…!」
「一度でも話を聞いた?」
「……。」
黙るロイの方をヒューズは振り向いた。
「…お前は、ハボック少尉の事好きなんだろ?」
「……うん。」
迷い無く、それは答えられる。
「じゃあ、逃げないでちゃんと話を聞いてやれ。」
「………うん……出来るなら…そうしたい…。」
「…大丈夫、出来るよ、ロイなら。」
そう言って、車を進めた。
訊かなくたって、解ってる。
彼女の服を買いに行った時、
ロイは店員に簡単に説明し服を選んで貰うよう頼んだ。
持ってくる服はどれも黒や赤など、
男の視点からすると誘惑的なものばかりだった。
ロイは、背も普通の女性より高く、細身で胸も豊満。
顔は中性的であるから、店員は自然と持ってくる。
何着か試着をして、
店員が一番似合うと感嘆の声を上げたものを購入した。
それは、黒のドレスだった。
彼女にとても似合っている。
でも、彼女は嬉しそうな顔もせず、
すぐに着て行ける様に靴なども頼んでいた。
店員が選びに行った、その瞬間に彼女は少し視線を向けたのだった。
上品な柔らかさを持ったドレス。
清純そうな白の。
さっきの話が頭に入っているのだろう。
奴は、そんな事を言いたかったんじゃない。
でも、ロイは”綺麗”になりたいと思っている。
少しでも好みに近付きたかったから
他人の意見を殆ど仰がない彼女が。
それ程、彼を好いているという表れだ。
心の根元にある怯えが彼女の邪魔をする。
裏切られる事に慣れてしまって、
深く傷付く事を恐れる彼女。
……幸せになって欲しいんだよ、お前には。
言葉にはしないけど、呟いた。

言い訳。
ヒィィ…!
やっとです…!お待たせしました…!
や〜っと終焉に近付きました。
次か、そのまた次で完結出来そうです〜。
今更なんですが…ちょっと性的表現が…出ます…。
苦手な人、年齢が…な人用に
それを読まなくても大丈夫なようにしたいです…。
が、がんばります…!
黒田
2005.10.6
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