初めての夜。 7 黒田
お互いを確かめるように、軽い口吻けをする。
気持ちが違うだけで、こんなにも感じ方が違うなんて思わなかった。
「……じゃあ…大佐、また明日…。」
名残惜しそうに体を離れるハボックの服を掴む。
明日、また会える。
でも、今はまだ離れて欲しくは無かった。
「………。」
「…解りました、車停めて来ます。
先に中に入ってて下さい。」
「…うん。」
彼の服を離して、少し見送ってから家に入る。
ここで引き止めてしまっては、行為を承諾したようなものだろうか。
今までの男達は、それを期待して家に入りたがった。
入れた事なんて一度も無いが。
『処女って、面倒なんだよなぁ。』
ふと、またあの言葉が頭を過ぎる。
胸が痛い。
自分は、処女だ。
それを彼に知られるのが怖かった、
その行為をして自分がどうなってしまうのかが怖かった。
でも行為を避けては、また繰り返してしまう。
彼となら、大丈夫。
『いちいち気を使うっつーか。面倒なんだよな、本当。』
「……。」
だめだ。
言えない。
嫌われたくない。
嫌がられたくない。
初めての行為は、とても痛いと聞くが、
それを気付かれないように耐えれば、いい事だ。
事が終ってから、きっと驚かれるだろうけど
最初さえ越えられれば、後は許してくれるだろう。
大丈夫。
自分は、彼のものになりたい。
その為に、しなければならない事なら、耐えられる。
自分に言い聞かせて、寝室へ向かった。
***
車をロイの家の前に停めて、エンジンを切る。
彼女に、もう一度触れる事が出来て良かった。
『……お前には、この仕事をやる。』
その時渡されたメモには、場所と時間が書かれていた。
機会を作ってくれたのだ。
こんな、どうしようも無い俺に。
もう二度と彼女を離さないように
そして、傷付けないように。
家に入ると、当たり前だが静まり返っていて、
彼女が居なくなってしまったのではないかと疑ってしまう程だった。
「…大佐?」
そっと呼ぶと、足音が少しした。
「……ハボック。」
開いていた寝室の扉の隣にロイが顔を出した。
しかし、すぐに顔を引っ込めてしまった。
どうして、そっちに…
と思った瞬間、理解してしまった。
彼女の意図を。
高鳴る心臓を抑えて、寝室へ向かった。
「ハボック…。」
現れた彼の近くへ行くが、誘い方なんて知らない。
むしろ、誘ってしまう女なんて、どう思うだろうか。
「…大佐。」
愛しい人を目の前に、気持ちが揺らぐ。
彼女の後ろには柔らかなベッドがある。
了承の意の見上げる瞳。
「……大佐…。
今日は……その、やっぱり、帰ります……っ。」
「………え…?」
ハボックは視線を合わせない。
やはり、セックスを誘う女なんて嫌だったのだろう。
黙って俯いて、しなければ良かったと後悔した。
「…そうか………引き止めて、悪かった。」
数歩下がって、離れる。
また悪い状況になってしまうのが
解っているから、怖かったから、
笑顔を作った。
けど、視線は彼の目に合わせられない。
「…大佐。」
「…玄関まで送ろう。」
「大佐。」
「また明日…。」
「大佐!」
少し大きな声で呼ばれて、体が震えた。
また、悪い事をしている。
悪循環。
どうしたら良いのか、もうわからない。
「…あのですね…、
お誘い…嬉しいんですよ、とっても。」
いい。
「でも、今日は…その…。」
嘘なんて吐かなくていい。
「…気にするな。」
笑顔をまた作った。
嘘を吐いているのは自分。
体の繋がりを求めないのなら、それでいいじゃないか。
「大佐、ちゃんと聞いて下さい。」
「……聞いてる。今日は…、帰るんだろう?」
「……あぁ、もう!」
彼は片手で額を押さえて大きく息を吸った。
「今日、やっと貴女と心が通えたと思ったんです。
……抑えが利かなくなりそうで…
わかって下さいよ…。」
また、昨日みたいに無理やりだなんて嫌だから。
傷付けないようにと気を使ったのが、逆効果だった。
「…もう、大佐をあんな風に泣かせたくないんです。」
”純愛”で、
否、
”純愛”が、良かったはずなのに。
「…今日だから…、
今日だから、私は、お前のものになりたい……。」
一旦離れたハボックに、再び近付いた。
「……っ!
あんまり…煽らんで下さいよ…。」
「……こんな私は…嫌?」
「…俺も男です。ましてや、愛しい人と繋がるなんて
がっついて乱暴になってしまいます、きっと。」
「………それでも、いい。」
近付いた彼女の細い肩、細い腰を抱き寄せた。
「…どうなっても…知りませんよ。」
そうは言ったものの、精一杯の善処はするつもりだ。
怯えた表情は、もうさせたくない。
軽い体を持ち上げて、ロイの背後にあったベッドに降ろし
自分も向かい合うようにベッドに乗る。
所在無さそうに曇る瞳に、より愛しさを感じて頬に口吻けた。
少し安心したようだったので、もう片方の頬、額にも唇を付けた。
「…ずっと、言えなかったんですけど…
凄い、綺麗です…。」
指の先から腕まで覆う黒い手袋を
するりと取って、現れた白い手の甲にも口吻ける。
「……ありがとう。」
安心し始めた表情がまた曇った。
あの時、興味を示さなかったのだから本音じゃないだろうと思った。
それでも、嬉しいのだけれど。
「お世辞じゃないですよ、本当に綺麗。」
曇った表情に気付いて、優しく指で頬を撫でる。
顔色を伺う彼に、そっと微笑むと
ハボックも笑んで指と同じくらい優しい口吻けをした。
何もかも初めてで、
でも、それを知られてはいけない
と意識を保たせる。
服は愛撫の途中で徐々に脱がされて、
何も纏っていない状態でベッドに横たわっている。
「あんまり…見るな……。」
体が火照って、薄っすら紅い。
散々溶かした愛撫で荒くなった息遣い。
その熟した体にその言葉。
「……もう、止められないっスよ、大佐…。」
低い声、雄の表情。
戦闘時に感じる興奮状態に近いものを
今、感じてしまった。
繋がる場所に彼のものが宛がわれる。
体が恐怖で震えてしまわぬように、シーツを掴んだ。
「……ひ…ぅ…っ!!」
熱い物が中に入ってくる。
先程の指なんかよりも断然大きい。
強い圧迫感と痛みに呼吸が出来ない。
まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息が出来ない。
苦しい。
けど、そんな顔を見せられない。
体を捩って、肩と腕で顔が隠れるようにして
もう片方の手で口を押さえる。
「……っ…ふっ……ぅう……っ。」
ゆっくりと侵入し、最奥まで辿り着くと動きが止まった。
心臓が痛い程鳴る。
やっと思い出したように息が出来た。
「……きつ……っ…大佐、顔…隠さないで…?」
散々溶かした愛撫のおかげもあり
きついものの、動かせない訳でもない。
愛液に混じって血液が流れているなんて気付いてはいないだろう。
「…はっ…は…ぁ……や…ぁっ……!」
首を振って拒む。
今、顔を見られる訳にはいかない。
「……嫌なら…いいです、よ……っは…。」
ちゃんと感じているのか、
気持ちがいいのか知りたかったのだが
無理強いをしたくは無かったので、それ以上は望まなかった。
きっと、見られるのは嫌な人なのだと思った。
「…動きます…ね?」
ロイの呼吸の乱れが、少し緩むのを見計らって
腰を引いた。
ずっ
と言う音がする。
何ともいえない感覚と痛み。
シーツを握る手に、より力が入る。
「……っぁ…ん……ぃっ……や……ぁ!」
緩やかに腰を動かして抜き差しをする。
乱れた息と水音。
これで、この人と繋がる事が出来た。
腰を動かしながら、顔を隠してしまう肩にキスをする。
本当は唇にしたかったのだが。
唇が触れた肩は、震えて冷たい汗が伝っていた。
「……大…佐…?」
彼女の目元を隠す髪を指で掃うと、
きつく目を閉じて涙が溢れていた。
「大佐!?嫌でしたか?痛かった?」
驚いて、体を起こした時
やっと気が付いた。
「……え……?」
頭の中が、真っ白になってしまう
っていうのは、こういう事だと思った。
やっと思考が追いついた頃、さっと血の気が引く。
震える腹の下、自分と繋がる部分が血で濡れていた。
自分の性器も。
「…大佐。」
呼ばれて、一際大きく震えた。
「…あの、大佐。」
首を横に振って、何を拒絶しているのかわからない。
「…大佐、聞いて。」
それでも首を横に振る。
「…ハボ……っ…大丈夫だか…ら、
っひ……続けていい…っ。」
彼を満足させられない、
”面倒”なんかになりたくない。
「何言ってるんですか!
俺一人でなんて、全然良くないですよ…!」
怒ったような声だった。
また嫌われてしまうと思って、目をやっとの思いで開いて彼を見上げる。
酷く、哀しい目をしていた。
「…どうして、言ってくれなかったんですか?」
「……。」
「言えないくらい信用して貰えてないんですか、俺って…。」
そうだ、そういう事になる。
「…違う…!」
顔を隠していた腕をずらして、
ハボックの顔を真っ直ぐ見えるようにゆっくり動いた。
「……面倒を…掛けたくなかったから……っ。」
「…ぇ…?」
「この歳で、…処女…なんて…
面倒くさがると思って……。」
涙で曇った目で
真剣に、でも不安そうに伝えた。
”処女”というだけで、もう彼に嫌われたくない。
「面倒だなんて思いません!
初めに言ってくれれば、もっと配慮を考えたのに……。」
ロイの額に浮いた冷たい汗を拭ってやり、その手で涙も掬う。
初めての行為を堪えてやり過ごそうなんて
随分と悩んだのだろう。
あ、と何か気付いて、少し笑った。
「……でも、大佐の初めて、俺が貰っちゃったんですね…。」
嬉しそうに、笑った。
「凄い、嬉しいっス…。」
「…本当…?」
窺うように目を瞬かせて見つめる。
その答えに嬉しそうな顔の彼は、困った顔に変わった。
「もう、大佐。
何でそうやって俺の事信じてくれないんですか?」
違うと首を横に振るとハボックは困ったような顔のまま笑顔になった。
そして、腰を少し動かした。
「……ぁ…っ?!」
「今日は…ここで、止めておきましょう。
辛そうな大佐の顔、見てらんないっスから…。」
ゆっくりと腰を引いて中から熱が出ていく感覚がする。
「でも、……。」
「俺は、いいんですよ。
今度、一緒に…ね?」
「…ハボ、待って…。」
慣れない感覚に、確かに怖い気持ちもあるけど
でも、ここで止めたらまた躊躇ってしまう。
「最後まで、して…?」
「……っ!」
ハボックが息を呑んだのがわかった。
体内にある彼の熱の質量が少し大きくなった気もする。
「…やっと、繋がる事が出来たのだから…。」
だから、止めるなんて言わないで。
「……………わかりました。」
少しの沈黙の後、ハボックは頷いた。
「ただし、条件があります。」
「…条件…?」
まさか、そう言われるとは思わず、きょとんとしてしまう。
どんな条件なのだろうか、と心臓が高鳴った。
「痛かったら、ちゃんと痛いと言って下さい。」
「……うん。」
「それと、」
まだあるのかと視線を少し変えた時、
ハボックの眼が意外に真剣だった事に気が付いた。
「気持ちイイのかも伝えて下さい。」
優しい声音でそう囁かれ、
小さく頷く事で答えた。
こんなにも自分を大事にしてくれている。
彼となら
もう、大丈夫。

言い訳。
色々とごめんなさい…。
知識も偏っているので微妙ですが…。
次で完結予定です〜。
最後までお付き合い、お願い致します。
黒田
2005.1.1
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