初めての夜。 8         黒田

















「……
…。」
まだ暗い部屋の中で、ロイは目が覚めた。
ぼんやりと自分に置かれた状態を頭の中で処理していく。
「………あ、起きました?
 まだ早いですけど、おはようございます。」
その声で完全に覚醒する。

「ハ、ハボッ……っ!」

ハボックが自分を覗き込んでいて
驚いて体を後ろに仰け反らせた。
後ろのベッドのスペースの距離も測らずに。
「…ぅ…わ……っ!」
視界が急に変わって、後ろに引っ張られるような感覚。
自分が落ちている、と気付いた時にそれが止まった。
「だ、大丈夫ですか?!」
温かい大きな手が肘を掴んでいた。
元の位置に戻そうとさっきとは逆に引っ張られる。
片方だけで体を支えているから、肘に少し痛みが走ったと思ったら
両脇を抱えられ、ベッドの中では無く
その上に持ち上げられた。
まるで猫や犬を抱き上げる仕草に似ていて
少々むっとなる。
「…ハボック、私は大丈夫だ、放せ。」
「元気があるようで何よりです。
 じゃあ、ちょっと話を聞いて貰えませんか。」
上半身を起こした彼と向かい合うように座らされた。
「………その前に、服を着ましょう。」
ハボックは視線を逸らす。
目の前のロイは、あの行為のまま
何も身に着けていない裸なのだった。
彼女も漸く気付いて、顔を真っ赤にしながら手や腕で体を隠す。
そんなロイを少し盗み見て
床に落ちた自分の衣類を手に取り、黒いシャツを着せた。
「……あ、ありがとう。」
それは大きくて今にも肩が露出しそうで
逆に目に毒なのかもしれなかった。
しかも、自分のシャツだという事もあるし。
「えぇっとですね、大佐。
 ……いえ、ロイさん。」
己の邪心を振り払うように本題に入った。

「まだ頼りない俺ですけど、
 どうか、これからも貴方の側に居させて下さい。」

それは、まるで。

「……ハ…ボ…。」

まるでプロポーズのような。

「俺の側にも居てくれますか?」

「………。」
涙が溢れそうで、声が出なくて、頷く事で答える。
すると、優しいあの温かい手が伸びて抱き締められる。
温かい温かい彼の手が髪を撫でた。
「よろしくね、ロイさん。」
「…私も、
 よろしく………ジャン…。」
柔らかく微笑んでそう答えると、
ロイの頬にハボックは優しく口吻けた。
「あ、それと。
 ゆっくりでいいんでロイさんの事教えてください。」
自分の事を話さない彼女だから、
これからゆっくりと話したくなった時に。
「良い話も悪い話も全部聞きたいから。」
「……うん。」
もっと、奥まで彼女を支えられるような存在になりたい
あの人以上に。
今回のような事はもう起こしたくないから。
「貴女の事、全部知りたい。」
仕事では頼りになる彼女も
今は一人の人間であり、女性だ。
その細い体をもう一度強く抱き締めた。
まだ頼りない腕で。


















「……大佐、今日はデスクワークのみにしましょう。」
朝、出勤したロイを見てリザは溜息を吐いた。
一緒に出勤したハボックは、ロイを支えながら
すみません…と申し訳なさそうに
しかし、少し嬉しそうに答える。
ロイもすまなそうな顔をしながらも
自分の席へ移る。
残ったハボックにリザは分厚い書類を渡した。
「ハボック少尉。
 貴方には大佐の分まで仕事を頼むわよ。
 
……昨日の分もね。
「は、はい!
 
…ありがとうございました、中尉!
優しく微笑んだ彼女はロイの元へ移った。
渡された書類を捲って確認すると
やはり鬼のような仕事の量だったが、
大事な恋人の為だと思えば何でもない。
その重たい書類を持って自分の席に着いた時、
ロイの机の上の電話が鳴る。
誰からなのか、何となく予感がした。
「……あぁ、ヒューズ?」
予感は当たる。
「あ、そうだ!お前昨日………っ!」
最初は荒々しい声を上げたロイだったのだが、
次第に大人しくなり、果てには頬を赤らめた。
それをじっと見つめていたハボックは、少し面白くなかった。
自分の大好きな人が、
自分以外の男にあんな顔をさせられているのだから。
それが、自分よりも付き合いの長い親友だろうと。
嫉妬に塗れた顔をしてしまった時に、ロイはハボックの方を見た。
慌てて表情を戻すと彼女に手招きされ、席を立って近付いた。
「……?」
「…ハボック、ヒューズだ。」
受話器をこちらへ向けてくるので、それを受け取った。
「はい。」
「おー、わんこ!
 ちゃんと上手くいったみたいじゃねぇか?」
「あ、はい。
 おかげさまで、本当に…ありがとうございました。」
思わず電話越しでも頭を下げてしまいそうになりながらも
礼を伝える。
彼らがいなければ、もうとっくにロイに逃げられていた。
本当に感謝している。
「あれだけ危険なお膳立てしてやったんだから、
 失敗したらただじゃおかないっての。」
「うわ、ほんと…ありがとうございます…。」
どんな方法にしろ上官を抑え付けたのだから、
酷く危険だったに違いない。
「いや、リザちゃんと軍曹君にちゃーんと礼をしとけ。
 敵に回したら怖いって、ほんとよくわかったから。」
リザは解ったが
軍曹、フュリーが怖いとは、どういう事なのだろうか。
「んじゃあ、”鋼鉄の処女”によろしく〜!」
「え、何…中佐…?!」
色々と問い質したかったのに、素早く切られてしまった。
何も返事をしない受話器見つめる自分と
もう一つの視線がある事に気付く。
その視線の元を見るとロイが面白くなさそうにしていた。
ハボックと目線が合うと自分の表情に気付いたのか視線を外す。
またそれも可愛かったけど、職場なので何も触れずに
受話器をもとある場所へ置いた。
「…ヒューズは、何て?」
「…皆によろしく、だそうです。」
「………ん…、そうか。」
少し察したようで、軽く頷いた。
「戻っていい。」
「はい。
 あ、大佐、今日は早く帰りましょうね?」
一瞬驚いた顔をして表情を崩さないように勤めたが頬が少し赤くなる。
ヒューズだけでなく、自分でもこんな顔をさせられると思い
満足しながら、席に戻った。
席に着いて左隣のフュリーに声を密かにして礼を言った。
「大変だったんですよ…ほんと。」
苦労の跡が伺える表情に、申し訳なく、それと有難く思った。
「本当、ありがとう。今度何か奢るからさ。」
「楽しみにしてます。でも、良かった。
 大佐もハボック少尉も元気になって。」
フュリーは疲れているだろうに、それでも笑みを浮かべた。
本当に良い奴だ、と感動した。

















「大佐、すみません、待ちました?」
日がすっかりと落ちて辺りが暗くなった頃、
漸くハボックはあの膨大な量の仕事から開放された。
走ってロイの執務室に向かい、扉を開けた。
「……ん、私もさっき仕事が終ったから。」
手に持った本を静かに閉じて、顔を上げた。
急いで走って来た事がわかるくらい額に汗が浮いている彼に
優しく微笑んで立ち上がる。
「さぁ、帰ろうか。」
「あ、ちょっと待って。
 手を出してください、大佐。」
「ん…?」
恐る恐る右手を差し出すと、ぎゅっと握手をされた。
通常ではありえない、手に何か硬い感触がする。
「…好きな時に来ていいんで。」
彼は、少し恥ずかしそうに笑った。
胸の鼓動が段々と早くなっていく。
中の物が落ちないように手を離されて、それを確認する。
「ハボック、これ…!」
「俺の家のです。」
手に収まる、赤いリボンで飾られた小さな銀色の鍵。
「…ありがとう……あの…
 ……今日、使っても…?」
鍵を大事そうに握りこんで
高い位置にある彼の顔を見つめる。


「勿論ですよ、ロイさん。」


互いの心が通じてからの初めての夜を。



























それから、数日の内に
”焔の錬金術師ロイ・マスタングは鋼鉄の処女”
という噂が広まったのは、彼女の知らない処でだった。
真相を知るハボックとリザは否定もせず肯定もせず、
ヒューズは楽しそうにロイにどう伝えようか考えていた。































言い訳。

やっとこさ…終りました…!
これから、「色気」に続いてるという感じです。
そのまた続きも考えているので
良ければ、またお付き合い頂ければ、と思います。

「初めての夜」完結致しました。
今まで読んで下さって本当にありがとうございました!
沢山のお声を頂けて、嬉しかったです!



黒田 マサムネ  


2005.1.1

































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